異常行動?

認知症と診断されている人が、夜中に何度も電話をかけてくる。そんなことがあったら、みなさんどう思われるでしょうか?

家族であれば、困るのでなんとかしてほしいと思われるかもしれません。少し医学的な知識があると、見当識障害があって昼と夜がわからなくなっているとか、記銘力障害があって電話したことを忘れているなどと考えるかもしれません。いずれにしても、認知症の症状である、異常行動である、と考える人が多いのではないでしょうか。

実際にあったことですが、ある患者さんのご家族は、困っているから薬で抑えてくださいというのではなく、よく話を聞かれました。ちょうどその頃は熊本県で豪雨の被害が出ているとしきりに報道されているときでした。その患者さんはそういう時、よく義捐金を送っていたことをご家族は思い出されたのです。今回もそうしたいけれど、認知症のためどうしていいかわからないのではないかと気づかれ、今度一緒に手続きしましょうと言ったら、電話はかかってこなくなったそうです。「何度も電話をかけてくる」ということを「認知症による異常行動」と決めてしまっては、被災の報道に心を痛めるというやさしい心を見逃してしまうところでした。

別の患者さんのご家族は、しょっちゅう電話がかかってきては、あんたが財布を盗んだと言われ、疲弊しておられました。しかし一度だけ「もう一人では無理、さみしい」という留守電が入っていたそうです。困った母だとしか見られずに、「さみしい」という心の声を聞いていなかったのではないか。そう気づかれ、お孫さんと相談して毎日電話をかけてくれることになりました。そうすると被害妄想的な電話がなくなったそうです。

私たちはつい、自分の得た“知識”を使って相手の能力を測ろうとしたり、自分の都合で困った人だと決めてしまったりします。相手が何を見て何を感じているか、その心をただそのままに知ろうとする“智慧”に触れると、いかに自分が病気を知ったつもりになって、人の心を見ていなかったかを思い知らされます。

<四季報2022年4月号掲載>

脳神経内科 岸上 仁